2021年10月02日

父 逝去

10月2日未明 昇天

弟からLINEメッセージもらう。

写真を送ってきてくれた
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痴呆でボワーっとしていた表情が
消えて人格ある人の表情に戻っていた。

95歳長い人生お疲れ様でした。

口数多い人ではなかった。
厳しい人ではなかった。
行動的ではないが自分流で
不思議にあちらこちら歩いちゃう
ことが多かった。
ママの煩すぎるああだこうだに
できる限り無視を貫く人だった。

若い時 ママに言い寄っていたエピソードはママから聞いていて、父になったパパのイメージとはかけ離れていた。

私達子供が知らない若い時の父😃

カメラが好きでママを被写体にした写真が少なからず残っている。

どちらも若い時は美形だった。

内面で惹かれあったとは信じ難い!が
お見合いとは言えロマンスはあった
のだろう。ママは面食いだった
みたいだし。同時進行の別の方は
お顔で負けられたのかも。また
パパの強引アプローチも功を奏した
ようだった。

子供から見た両親は仲むつましく
決してなかった。私が親になったら
子供の前で夫を軽んじる態度は
やめようと思ったぐらいひどかった。

父は無頓着な人だった。それを
あっさり許すと言うか
流しちゃえる母は不思議だった。

文句を言うけれど、建設的意見に
発展しないと言う意味である。

母の口うるささに父はいつから
慣れたのだろう?諦めた?

私に時々ポツリ言った少ない親としての
父の言葉をいくつかは覚えている。

「うちの家系について卑下して
はいけない。」

あと「他人に迷惑かけてはいけない」

確かに地主として辺境とは言え
結構な敷地を有していたし 地方議員
を輩出する名士だった頃もあったようだ。

自ら耕していない農地を農民にただ同然で
渡す政策により全てを失った没落家。

名士として志ある人の金銭的
スポンサーや居候をとっていたことも
あったのではないかと思うが
その良き行いは評価されることなく
自分たちが生き抜くだけでも大変に
なってしまった。

祖父は学者肌でマネジメント力は
無さそうだったし早くに亡くなった。

後に残された祖母はユニークな人で
才があるとしたら 人との関係性を
うまく築くこと。

それを使って呉服中心に京都で
仕入れして、田舎の親戚筋に訪問
販売をして糧を得ていた。宝石の
商売にも手を広げた。

かつての御家柄を鼻にかける様子は
微塵もなく むしろ自由を楽しんで
いた感じに見えた。

固定した家はなく 子供たちや
親戚筋の家に数週間、数ヶ月居候
しながらって普通では考えられない!
でもみんなが受け入れられる空気を
作れちゃっていた。おばあちゃんの
当たり前として。寅さんみたい😄

子沢山なのに悲壮感はない。
逞しい人である。
生き方の相談をする人を有して
いたのだろうか?

それは父が譲り受けたスタイル
かもしれない。家族に見せずに
相談なく実行するスタイル。

そう。だから父の本当の姿を
案外知らないかもしれない。

昔の地主プライドがないかと言えば
良い家のたしなみを維持する気持ちは
祖母も父もあったかもしれない

祖母は孫たちがきちんと育つことを
望んでいた。

成人した時、社会に出て恥じないようと
ホテル一泊のエチケット体験を
させてくれた。確か あなたの親には
その余裕がないだろうからと言って
いたように思う。

私がお嬢様学校の端くれの私立女子
ストレート校に行ったことや人気
就職会社に入社したことを2人とも
喜び自慢に思っていたようだ。

私の学校の成績では、その一流企業に
入るなんて鼻から思っていなかったのに
父はしっかりとコネを取ってきた。
船会社関係で取り付け、入社試験の
ペーパーテスト合格を条件にコネを
発動してくださったようだ。学校側も
それに基づいて申し込みをしてくれた。
お嬢さんの腰掛け就職に乗っかれたと
言うわけである。

この就職は その後の私の生きる場を
広げてくれるのに大きな役割となった。
つまり父は私に最高のプレゼントを
してくれたのだった。

私にとって そのクラスにいる
居心地の良さを知り、それを求める
何かがあることをうっすら感じる
ことになった。

他の従兄弟も同じで、祖母は暗に
競いあわして促され育った感じだった。
特に女性陣。男の子たちは割と
鷹揚にいい性格で真面目で現実的
に育った気がする。

まあ没落は已むを得ずで受け入れ
逞しく前向きではあったがお家の繁栄を
次の世代に残すことがミッションだった
のかもしれない。

成功したのだろうか?

でも脈々と残っている家柄のお家と
比べると確実に違うと思う。

色々足りない!
もしミッションを秘めながらも
有していたのであれば言葉にして
刷り込んでいかないといけなかった
のでは?多分私達従兄弟世代に
志はない。

うちは分家。
本家には血を分けた子はいない。
父が長男で弟がこの分家を継いでは
いるが その息子にはこのルーツは
弟から伝わっていないだろうな。

なんの足しにもならないかもしれないが
いつか こんな家系のこと私が
知りうることを話してあげたい。

私の生きているうちのミッションに
したいと今思う。

パパ 安らかにお眠りくださいね。
ありがとう💕
合掌🙏
posted by グリーン at 11:03| シンガポール ☔| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

お仕事慣れてきた

最初 これして!
で言われたことだけ する

バリエーションがあること わかる

この結果 次はどうなる?を聞く
次に繋がるかもアクションを とる

同じタスクを分けている相方
直接コミュニケーションないが
何かをお互い 感じる

昨日は引き継ぎメモを貼ってみた。

そんな感じで新鮮な日々だ。

それはさておき帰る時間帯 豪雨☔️

しっかりぬれた😭

どのみち濡れなきゃ帰れない。
ISETAN地下に寄って最寄りバス停
目指すルートを取ったら友人に会った。

私がバイトしてると言ったので
ISETANに来ていたのかな?!

お茶して 少しお喋り。

彼女はアイスボボチャチャ
私は寒いので豆腐スイーツ

クリスチャンの彼女にネットイベントの
参加に誘われたけれど、それはあまり
興味引かなかった。やはり信者さんとの
神様熱にフィットしない気がしたから。
テーマが幸せって何?
だったので、私とクリスチャンでは
きっと違いすぎると感じる。

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昨日のお弁当。
前日に作った炒飯ともやしナムル
彩は枝豆

夕食は運動していないし〜
で 買ってきたチキン唐揚げに
サラダつけて小盛りディナー

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焼酎お湯割り付けた

寒かった〜
posted by グリーン at 10:06| シンガポール ☔| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする